今回は、子どもたちのための特別講座「伝統って、なんだろう?学」です。講師にお迎えしたのは、今右衛門窯(有田町)の現当主で人間国宝でもある十四代今泉今右衛門先生。参加してくれたのは小学4~6年生まで約40名で、人間国宝から直々にお話が聞けるとあって、みんなちょっぴり緊張気味です。
まずは、今右衛門先生のお話です。約400年前、日本で初めての磁器が有田で作られた焼き物の歴史や技法にはじまり、今右衛門先生の作陶への想いや考え方まで。合間にクイズをはさみながら、子どもたちにも分かりやすく説明してくれました。
そもそも「人間国宝」とは、どういう意味なのでしょうか?正式には「重要無形文化財の保持者」で、目に見えない技を体得、体現している者。つまりは、その人自身というより、その人が持つ高い技術が対象となります。江戸時代から続く色鍋島の技術を、新たな発想を取り入れながら継いだ十四代は、2014年に陶芸家として史上最年少で人間国宝になりました。
今回注目した技法は、江戸期から鍋島(佐賀鍋島藩の御用窯で作られた焼物)で、よく使われていた「墨はじき」です。墨に含まれる膠(にかわ)が水分をはじく性質を利用して、墨で描いた文様が焼成後には白抜きの文様として浮かび上がるというもの。実は、主文様の背景に使われることが多く、主役を引き立てる脇役のような技です。「人が気づかないようなところに、手間暇や時間をしっかりかけている」と語る今右衛門先生は、白抜きの奥深い魅力にひかれ、墨はじきに新たな発想を取り入れて発展させました。
十四代のオリジナルでもある「雪文様」は、大学生だった今右衛門先生の思い出から生まれたもの。当時、金属工芸を専攻し、「作るのは好きだけれども、自分から湧き出るような思いがなかった」と、作品づくりに思い悩む日々。そんな中、「ある冬の夜、降ってくる雪を見て、雪の中心にすっと吸い込まれていくような感動をおぼえたんです」。今右衛門先生の脳裏に焼き付いた雪景色は、長い年月を経て、新たな文様を生み出すきっかけになったのです。今右衛門先生の貴重なエピソードの数々に、子どもたちは熱心に聞きいっていました。
さあ後半は、お楽しみのワークショップです!「墨はじき」の技法に挑戦するのですが、筆や墨など用意された道具の中になぜか葉っぱが…。手順としては、自分たちで磨(す)った墨で素焼きの皿に絵を描くのですが、文様の型紙として雪の結晶やザクロなど6つの図柄を用意。これは「仲立ち紙」と呼ばれるもので、器に押し当てて裏面をこすると同じ文様を繰り返し描くことができます。いわゆる“スタンプ”のようなもので、紙をこするときに使用するのが椿の葉です。「どうして椿の葉っぱを使うと思いますか?」という問いに、「ツルツルしてるから!」「しっかりしてるから」など、子どもたちは想像をふくらませて答えます。「それもあったかもしれませんね」と今右衛門先生。諸説ありますが、身近にある椿の葉は一年中枯れることがなく、手に入りやすかったから。ちなみに、椿の葉っぱを使っていたのは昭和中頃までで、現在はセロハンを使っているそうです。
各テーブルを回り、筆づかいのコツやデザインのアドバイスをする今右衛門先生。「手が震える」、「太いところや細いところの筆の調整が難しい」など、最初は恐る恐る描いていた子どもたちの筆もどんどん進んでいきます。見本を片手に大好きな恐竜を描く子もいれば、佐賀らしいバルーンの風景、推しのユーチューバーを描くなど、小さな巨匠たちの作品はバラエティ豊か!最終的には薄墨色の背景で白抜きになることを想定して、雲を墨で塗りつぶし、波の線を描いた子どももいました。1枚だけでは物足りず、2枚目にチャレンジする子どもたちも。
伝統の技を通して、子どもたちの感性が一枚の皿に表現されたワークショップ。墨はじきの新しい表現にチャレンジしたともいえるでしょう。伝統は守り受け継ぐことが大切だと思われがちですが、そうではありません。「永遠に変わらない本質を持ちながらも、今の生活にあうように変えていいし、新しいものを築き上げることが大切」と語った今右衛門先生。質問コーナーでは、「芸術(伝統)は子どもに受け継がれるの?弟子に受け継がれるの?」という鋭い質問も飛び出しました。「先代(父親)から、“伝統は受け継げない”と言われました。教えて分かるものじゃないから、いっぱい失敗して、いっぱい経験して自分で考えなさいと」。そして、自分なりに一生懸命取り組んでいったら、いつの間にか先代と同じようなことをしたり、言ったりしていることに気づいたという今右衛門先生。今泉家が代々大切にしてきた、ものづくりへの姿勢や精神が受け継がれた瞬間ともいえ、「伝統って、なんだろう?」のヒントがここにあるのかもしれません。
恒例の佐賀弁メッセージは、「自分の感性でものを作りだすことを大切にしてくんしゃい」。今右衛門先生は「スポーツや音楽、美術というものは言葉がなくても世界に通じるもの。自分の体験から得られる感性を大切にしてほしい」と子どもたちに語りかけました。参加した田原啓俊さん(西川副小5年)は、「歴史が大好きで、お母さんがよく陶器市に行っていたので焼き物の作り方にも興味があった。1枚目は緊張したけど、2枚目は楽しくなってスラスラ描けた。出来上がりが楽しみです。今右衛門さんでも、手が震えることがあるのか聞いてみたかった!」と、キラキラした目で語ってくれました。
講座終了後、今右衛門先生は「子どもたちの”楽しかった“という言葉が嬉しかった。学校教育のなかで、音楽や美術の授業が少なくなっていることに危うさを感じている。人間は、理性的なものだけを積み重ねていくと判断を間違ってしまう可能性がある。子どもたちには、さまざまな経験を通して育まれる感性が必要だと思っている」と感想を語り、「もちろん私も失敗することはあるし、なかなか描けないこともありますよ」と笑顔で教えてくれました。
子どもたちにとって、人間国宝と一緒に伝統の技を体験したことは、今はまだ夏の思い出の一つかもしれません。でもきっと大人になったら、普通では体験できない贅沢な時間だったと実感するでしょう。そして、この日に見て、触れて、体験したことは子どもたちの心象風景として刻まれているはず。大学生時代の今右衛門先生の思い出が新しい伝統を生み出したように、弘道館2での経験が大人になった子どもたちの人生を動かすきっかけになったら嬉しいですね。
1962年、十三代今右衛門の次男として有田町に生まれる。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科を卒業し、1990年から十三代に師事。2002年に十四代を襲名し、江戸時代から続く色鍋島の伝統に独自の技法や表現を取り入れていく。
2014年、51歳で陶芸家としては史上最年少の人間国宝に認定される。