15時間目の講座のテーマは「変学」。なんだかちょっと変わったテーマですが、講師にお迎えしたのは佐賀大学の准教授であり、アーティストでもある土屋貴哉先生。今回は現役の中学校美術教諭、末次広幸先生(大和中学校)と上田美里先生(鳥栖中学校)が「学校の授業でやりたい!」というテーマを弘道館2で実現した特別版。頭をやわらかくして、変なことを考え出す方法を教えてくれます。
当日はインターネットでライブ配信をしながら、会場には久しぶりに受講生と観覧者を迎え入れました。受講生は13歳から25歳まで、抽選で選ばれた23名。開催場所が佐賀大学ということもあり、初キャンパスに気持ちがソワソワする受講生もいれば、どんなワークショップが行われるのか期待に胸が膨らむ受講生も。さあ、土屋先生のお話から授業がスタートです!
まずは、“変”とは何かを考えます。「僕らは、さまざまな条件に縛られています。この授業はあらゆる条件から抜け出すための第一歩です」と土屋先生。多くの人たちが、これまで「経験」してきたこと、今まで学んできた「知識」、当たり前とされる「常識」をもとに生活をしています。授業の中では、経験・知識・常識の3つの言葉から作られるものを「ルール」と定義しました。
「ぼくらは、ルールにあわせて世界をいつも都合よく見ている。ルールを外れると社会生活に支障をきたすような気がするから」。そして誰もが、無自覚にルールを受け入れていると土屋先生はいいます。「ルールからちょっとだけズレていること、ルールから片足だけはみ出している状態を“変”と呼びます」。変を考えるということは、私たちが世界とどう関わっているかということを自覚的に考えることでもあるのです。
変は意図的に生み出せる(生成できる)という土屋先生は、そのテクニックを11種類に分類。例えば、二つ以上の異なるモノ同士を組み合わせてみたり、モノの形を変形してみたり。意外にも、すぐにでも実践できるテクニックばかりです。変の仕組みを理解したところで、教室を移動してお楽しみのワークショップです!
まずは、ちょっとした準備運動としてTシャツの新しいたたみ方をみんなで考えます。一人ひとりに渡されたのは、ラッピングがされたままの真新しいTシャツ。ラッピングを破かず、元の状態と同じサイズになることを唯一の条件に、今までに無かったたたみ方を探ります。試行錯誤する受講生たちは、普段何気なくやっている行為から逸脱することの難しさを、改めて実感しているようでした。
さあ、いよいよ本題のワークショップで、テーマは「関わり方の可能性」。約100種類の日用品や道具から好きなものを使って、その物の特性・特徴を生かした全く新しい使い方を考えます。思いついたら、その使い方を動画で撮影してみんなの前で次々にプレゼンテーション。最初にアイデアを思い付いたのは中学生で、フォークに消しゴミをくっつけると消しやすい!というもの。ちょっとバカバカしくも、クスリと笑えるアイデア。それこそが変の醍醐味なのです。その後もぞくぞくと発表は続き、「お~」という感嘆の声とともに拍手が起こったのが、ハンドグリップ(握力を鍛える道具)の弾力を生かして、ドアが風で勢いよく閉まらないようにしたアイデア。土屋先生も「秀逸だった!」と太鼓判でした。
ちょっと緊張しながらも、発表する受講生たちの目はみんなキラキラと輝き、ハンドグリップのアイデアを提案した松尾かおるさん(久留米大学附設高1年)も、「変の生成のテクニックを教えてもらったことで世界の見え方が変わって、いつもと同じような生活も楽しみになりました」と嬉しそう。ガムテープで椅子!という印象に残る発表をした松尾匠さん(佐賀大学大学院1年)は、「自分のアイデアがどう評価されるか、緊張しながら発表してました。いろんな作品が出ましたが、大学生にはできないような中学生たちの発想がとても良かった」と感心した様子でした。
恒例となった佐賀弁メッセージは、「さがんもんば、はみでんしゃい!」。まさに今回は、かっこよくルールをはみ出す方法を学べる授業だったといえるでしょう。無事、講座を終えた土屋先生は、「ワークショップは予想を超えてエキサイティング(笑)。みんな本当は既に変なのに、はみ出した足を元の位置に戻そうとしまいがち。戻さなくていいんだと、思えるようになってほしい」と笑顔で話してくれました。
変の生成は、アートなどのクリエイティブな世界だけでなく、実は日常的に使えるスキルでもあります。例えば、面接で「人と同じじゃだめだ!」と思ったとき、ちょっとずらして自分をアピールしてみる。11種類のテクニックを使って物事をずらして考えることで、当たり前ではない面白い成果が生み出されるかもしれません。変を磨くということは、今までとちょっと違う世界が広がる発想力であり創造力であり、生きる力でもあるのです。
現代美術家。1974年東京都生まれ。2001年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。90年代末より、日常を支える環境化した環境物・環境システムへ介入し、知覚に揺さぶりをかける作品を映像・写真・平面・立体・言語・インスタレーション、プログラミングなど、多メディアに渡り発表。南米最大級の国際メディアート展「FILE SP」FIESP(サンパウロ, 2014)日本代表選出作家。近年の主な展示、個展「Expanded Cloud」switch point(東京, 2019)、「旅と恋愛」九州芸文館(福岡, 2020)、「イタリアの三日月」アズマテイプロジェクト(神奈川, 2020)、「所在 - 游芸」kenakian(佐賀, 2021)他。また近年はインターネット上でのネットアートも展開。2016年より佐賀大学准教授着任。
1970年生まれ。現在、佐賀市立大和中学校に美術教師として勤務。90年代に、中学・高校と学んできた「美術」と「現代美術」の断絶に面くらい、一時絵を描くのをやめる。それ以後、インスタレーション、写真など表現方法を試してから、タクシーの運転手を経て、美術教師となる。現在は伝統的な絵画を描きながら、アートにとっての「共通言語」について夢想する。現在は土屋氏の「変」、「アート思考」、「ストリート」などが手がかりになるのではと思っており、ストリートカルチャーの表現に興味を持っている。
佐賀大学美術・工芸課程にて西洋画を専攻。全国公募展で大賞を受賞。佐賀・福岡・東京でのグループ展で作品を発表する。推薦作家として第24回「英展」に出品。在学時に佐賀県海外使節団3期生として渡米。アメリカの教育現場や美術館の視察の経験を生かし、現在は中学校美術教諭として、中学生主体の展覧会の企画や地域のアートプロジェクトに参加するなどして美術教育の可能性を模索している。