今回は 第5弾となる大人の弘道館2で、テーマは「育成学」。講師にお迎えしたのは、サッカーJ1・サガン鳥栖でクラブ強化を担う片渕浩一郎先生です。実は、サガン鳥栖U-15が2020年、2021年に全国連覇、U-18が2022年に全国優勝をするなど、ここ数年ユース世代の活躍が目覚ましく、サガン鳥栖アカデミー(育成部門)が熱い注目を浴びています。片渕先生はアカデミーだけでなくクラブ全体を強化する立場で、選手一人ひとりの潜在能力を引き出す育成のスペシャリストといえます。
選手の才能を伸ばす方法や考え方は、学校や企業、家庭内でも活用できます。そのヒントを探ろうと、講座には教諭や保育士、スポーツ関係者など約30名が参加されました。ちなみに会場となったのは、サガン鳥栖の本拠地である駅前不動産スタジアムのロッカールーム。一般の方がなかなか入ることができない特別な空間で、記念に写真を撮る受講生も多数。始まる前から皆さんのワクワク感が伝わってきました。
さあ、いよいよ前半戦のスタートです。今回のサブテーマである、『大人は子どもたちにどんなパスを出すべきか?』を踏まえ、「私はスーパーなパスは持っていません。難しいパスも技術も持っていないから、今日は皆さんに“やっぱり、そうなんだ”と、共感してもらえるような話ができれば」と片渕先生。選手時代から指導者としての活躍、日本一のアカデミーを目指す志の高さや、クラブとしての哲学などを熱弁されました。
なかでも、印象的だったのが片渕先生の育成の軸になっている「(子どもたちを)カッコいい男にする!」ということ。「表面的ではなく、内面的なカッコよさをどう育むか。向上心・思いやり・謙虚さは、人間力を高めるために必要なアプローチです」。アカデミーに所属しているのは、小・中・高校生であるため「サッカーだけじゃなく勉強もしろ!」が口癖だったとか。どんなにサッカーが好きでも、子どもたち全員が将来その道に進むわけではありません。社会に出たとき、様々な分野で活躍できるように人間力を高めて欲しいといいます。「サッカーをやれることは当たり前じゃない。自分たちがここにいることに感謝しなければいけない。人間力が高まれば、結果的にサッカーの成長にもつながっていくんです」と片渕先生。
子どもたちへの寄り添い方については、「出し手と受け手の関係性がうまく作れていないと、パスを受け取ってくれない。同じ目線で、信頼関係を作ることが大事」、「ついつい子どもの弱み(不得意な部分)に目がいってしまいがちだが、強み(得意分野)をどんどん磨いて伸ばしてあげるのが大人の仕事」、「褒められるといくつになっても嬉しい。そうすると、どんどんチャレンジするようになって成長にもつながる」など次々にアドバイス。そして、寄り添い方の根底にあるのは、子どもをよく観察するということ。髪型や服装などちょっとした変化も見逃さず、「最近、なにかあった?」など声をかけてみる。いいパスを出すためには、その前の準備がいかに大切かを分かりやすく教えていただきました。
後半戦は、皆さんの質問に答える時間です。最初の質問者は、受講生の一人として参加していた男子バスケットボールB1・佐賀バルーナーズの育成コーチで、保護者との関わり方について。片渕先生は、「未成年選手の場合、保護者との関わりはとても大事」と語り、自身の経験としてメールなどで定期的に情報を発信していたこと、選手全員の学校の先生とも連携していたことなどを話されました。他にも、「指導者としての心構えは?」、「子どもに対する、職場の同僚との価値観のズレをどう擦り合わせればいい?」、「大人の人間力を高めるために心がけることは?」など、会場のみならずオンラインからも様々な質問が飛び交いました。
講座の締めくくりは、毎回恒例の佐賀弁メッセージです。「よかパスすんには、よか準備ばい!」と片渕先生。「しっかり準備をして、子どもたちにいいパスを出していきましょう!」と呼び掛け、講座とオンライン配信は一旦終了。そして会場の熱気冷めやらぬなか、延長戦に突入です。希望者だけが会場に残っての交流会。車座になってお互いの距離がグッと縮まったこともあり、講座では直接聞けなかった質問が次々と出てきました。「自分に答えられないものは、皆さんにパスを回します!」という片渕先生の言葉どおり、受講生の皆さんの意見も活発で、とても充実した交流会となりました。
交流会まで参加した高校教諭の中島義浩さんは、「どんなパスを子どもたちに出すべきか、これからのヒントになるのではないかと思い参加した。反省する部分もあったが、共感することが多かった。生徒たちにはできていることも、自分の子どもに対しては自信がなかったが、交流会で同じような悩みを話されている方がいて、それにも共感(笑)。わが子に対しては今日から変わります」と、晴れ晴れとした表情をみせてくれました。
講座を終えた片渕先生は、「子どもたちとは違って、いろんな経験をされている先生方や先輩方などが相手の講座でしたので、言葉を選びましたし、非常に緊張しました。共感していただくっていうのが今日のテーマでしたが、私からのパスだけでなく、皆さんにパスを回せたことで、いろんなものを持ち帰っていただけたと思います」。そして「サッカー界は意外と狭いので、異業種の方との交流は私にとっても大きな刺激になりました」と語ってくれました。
弘道館2のコンセプトは、佐賀の若い人たちの夢や才能、可能性のきっかけを作り、講座が終わった時には、目をキラキラ輝かせている子どもを1人でも多く生み出すこと。それは、大人の弘道館2でも同じです。キラキラと目を輝かせる大人の姿は、子どもたちにとって、未来の自分もこうなりたい!と思えるお手本になります。
カッコいい大人として、あなたはどんなパスを子どもたちに出しますか?
1975年鹿島市生まれ、佐賀商業高校から東海大学を経て、1998年にサガン鳥栖加入、2002年アルビレックス新潟に移籍し、27歳で現役を引退。リーグ通算61試合に出場、14得点した。
アルビレックス新潟のコーチ・監督等を務め、2019年にサガン鳥栖トップチームのヘッドコーチに就任。2023年からサガン鳥栖の強化担当となり、その手腕を発揮している。